アートセラピーはイギリスとアメリカを中心に発展を遂げてきた心理療法です。

言葉に頼らない非言語コミュニケーションを通じて、悩みや問題を抱える人にアプローチする手法です。

イギリスやアメリカには国家資格に相当するアートセラピストの資格があり、専門家が絵などの創作活動を通じて行う精神療法を“アートセラピー”と呼称することが定められています。

一方日本ではアートセラピーに関する国家資格は無く、もっと広義に“アートセラピー”という言葉が使われています。

日本語では“芸術療法”とも訳され、絵のみならず、音楽や演劇、ダンス、写真、俳句など、芸術を用いたセラピー全般が“アートセラピー”と呼ばれます。

参考までに、日本芸術療法学会の概要には、このような記載があります。

本学会は、絵画、詩歌、音楽、ダンス、心理劇等々の芸術活動を介して心身の治療を行う芸術療法を中核として、その諸領域の学術研究の進展と専門的治療技術の普及・充実を図ることを目的としている。
―日本芸術療法学会『学会の概要』より引用(https://www.jspea.org/)

日本におけるアートセラピーには、絵画療法、音楽療法、演劇療法、ドラマセラピー、園芸療法、写真療法、俳句療法、コラージュ療法、クレイ(粘土)セラピーなど、実に多くの種類が現存します。

たとえば、演劇を用いたアートセラピーでは、自分と全く異なった考え方の人物を演じることで、新しい物事の考え方・捉え方を身につけることを目指します。日頃関係のある身近な人物を演じてみることで、相手の気持ちや立場を考える力を育むこともできます。

このように、アートセラピーには数々の名称・手法がありますが、3色パステルアートもそのうちのひとつです。絵を用いていますので、絵画療法のひとつに入るともいえます。

アートセラピーの歴史上の重要人物

ここで、アートセラピーの歴史を語る上で欠かすことができない、歴史上の重要人物に少しふれたいと思います。

欧米の先駆者

エイドリアン・ヒル(英国)
1942年、イギリスで「アートセラピー」という用語を世界で初めて提唱した人物です。
画家であったエイドリアン・ヒルは、結核で療養生活を送っていた際に、絵を描くことが自らの回復を大きく助けた経験から、その有用性に気づきました。 彼は単に絵を描くこと自体が治療的な力を持つと考え、仲間の患者たちにも絵画制作を勧めました。これが、のちに「アート・アズ・セラピー(創作そのものが癒やしである)」という考え方の源流の一つとなります。

マーガレット・ナウムブルク(米国)
1940年代のアメリカで、心理学(精神分析)の理論をアートに取り入れ、現代のアートセラピーの学問的基礎を築いた女性です。 彼女は「言葉にできない無意識のイメージは、絵に表れやすい」と考え、描き出された作品を通じて対話を行い、患者の心にアプローチする手法を確立しました。これは「アート・サイコセラピー(芸術心理療法)」と呼ばれ、イギリスのエイドリアン・ヒルとはまた異なる、より心理学的なアプローチの発展に大きく貢献しました。

日本におけるアートセラピーの重要人物


河合隼雄(かわい はやお)

スイスから「箱庭療法(サンドプレイ)」を日本に導入した第一人者。砂箱の中にミニチュアを置く表現を通じて、日本人の心に合った心理療法のあり方を確立し、日本における芸術療法の普及に最も大きな影響を与えました。この原型がのちの「風景構成法」や「コラージュ療法」の誕生へとつながりました。

中井久夫(なかい ひさお)
日本の精神医学界の権威であり、アートセラピー(描画療法)において世界的に知られる「風景構成法」を生み出した人物です。 枠を引いた紙に「川、山、田、道…」と順番に描き込んでもらうこの手法は、単なる心理テストを超えて、セラピストと患者が一緒に風景を構成していく「対話」のプロセスを重視しました。

徳田良仁(とくだ よしひと)
日本における「芸術療法」の体系化に尽力した、日本の芸術療法の草分け的存在の一人です。1969年に設立された「日本芸術療法学会」の創設メンバーであり、欧米のアートセラピーを日本の精神医学の臨床現場へと橋渡ししました。 「描画療法」だけでなく、音楽や演劇なども含めた幅広い芸術療法の学問的・実践的な普及に大きく貢献しました。

アートセラピーで使われる画材(素材)の一例

アートセラピーは、以下のような素材を使用して行われます。
一般的に絵画など二次元の作品に使われるものを「画材」、立体作品となる三次元の作品に使われる材料までまとめて言うときは「素材」と呼ばれることが多いです。

【具体的な素材の例】
ソフトパステル・ハードパステル・オイルパステル・水彩絵の具・クレヨン・色えんぴつ・黒えんぴつ・デジタルアートツール・墨汁・粘土・木材・石材・貝殻・布・糸・折り紙・ビーズ・ボタン・シーグラス・廃材(卵のパック・牛乳パック・空き缶・解体された電子機器の基盤など)

アートセラピーの5つの目的

アートセラピーの目指すところは多岐にわたりますが、ここでは5つに分類してご紹介します。

1,心理テストとしてのアートセラピー

一般的に、“アートセラピー”というと、絵から深層心理を探る、心理テストとしてのアートを思い浮かべる人が多いようです。バウムテストやHTP(家木人物画)テスト等、あらかじめ決められたテーマや画材を用いて行うものがこれにあたります。
*3色パステルアートは心理テストとしての機能はありません。

基本的には単独のテストとして行われることは少なく、他の心理テストと合わせて行われることがほとんどです(テストバッテリー)。

2,自己啓発のためのアートセラピー

アート制作を通して、自分の問題を浮き彫りにし、解決のためのアプローチを探ったり、アート制作の過程で新しい自分に出会ったりしながら、自己理解を深めるためのアートセラピーです。比較的健康度の高い大人向けに実施される機会の多いアートセラピーです。

3,カタルシスのためのアートセラピー

言葉では表現できない感情をアート制作を通して表現することで、心の中で抑圧されていたものを外在化し、浄化する(カタルシス)ためのアートセラピーです。

4,リハビリテーションとしてのアートセラピー

描く・ちぎる・こねる等の手先を使うアート制作を通して、リハビリテーションに役立てるためのアートセラピーです。主に高齢者や発達に課題を抱えた子どもの現場で行われています。

5,コミュニケーションツールとしてのアートセラピー

アートを通したコミュニケーションには4つの種類があります。

ひとつめは指導者と制作者とのコミュニケーションです。「自分のことを見てくれている人がいる」という安心感に包まれながら、アート制作に取り組むことができます。

ふたつめは、制作者自身の、自分と自分の内面とのコミュニケーションです。自分の声に耳を傾ける時間を得られます。

みっつめは、制作者同士のコミュニケーション。互いの作品を認め合うことで、自信に繋がる質の良い時間を持つことができます。

よっつめは制作者とその家族など、身近な人とのコミュニケーションです。制作したアート作品は持ち帰ることができる利点があります。身近な人にも見てもらうことで、いつもとは違ったコミュニケーションが生まれます。

アートセラピーの効果

アートセラピーの効果は社会・集団・家族心理学、神経・生理心理学、臨床心理学、発達心理学のなどさまざまな角度から語られています。幅広い分野で適用できる可能性の高い手法であり、それぞれの分野の専門家によってアートセラピーの要素が取り入れられています。

そのため、目指しているところも現場によって多種多様ですが、ここでは、アートセラピーのひとつである3色パステルアートにおいて得られる効果についてご紹介します(アートセラピーの効果)。

(1)無心になれるカタルシス効果

アートセラピーの効果のうちのひとつは「無心」になれることです。3色パステルアートは「3色限定」「手順がある」という制約を設けることで脳の選択負担を減らし、深い集中状態(フロー)を作ります。この没頭体験はマインドフルネスに近く、日常のストレスから離れて頭と心を休息へと導いてくれます。

(2)記憶を上書きし、ストレス解消をはかる

アートセラピーには、ストレスの元となる記憶を「上書き」する効果も期待できます。脳が一度に処理できる情報量は限られており、悩みでいっぱいの時にあえてアート制作に没頭することで、脳内の占有率をストレスから創作へと入れ替えることができます。継続的な体験は、嫌な出来事を「過去の点」として整理し、心の安定を取り戻すきっかけとなります。

(3)五感を研ぎ澄ませ、右脳を活性化させる効果

アートセラピーは、眠っていた五感を刺激し、豊かな感性を目覚めさせることにも役立ちます。特に3色パステルアートには、視覚だけでなく、味覚、嗅覚、聴覚などを使って絵を描く手法があります。これにより、論理を司る左脳ではなく、イメージや感情を司る右脳を活性化させることができます。この「共感覚」的な体験が脳のネットワークを広げ、日常の景色をより鮮やかに感じられるような心の豊かさを育みます。

(4)柔軟性を育む

アートセラピーは、変化に臨機応変に対応できる「脳の柔軟性」を養います。予期せぬ色の混ざり合いを楽しみながら作品を完成させるプロセスは、限られたものの中から自分なりに創意工夫をしてものを作り出す体験となります。ひとつの正解に縛られず、偶然を前向きに受け入れる経験を繰り返すことで、日常生活や仕事における問題解決能力や柔軟性を育てることにも役立ちます。

(5)自己肯定感を育む

アートセラピーは、評価や競争のない世界で自分の表現(=自分自身)を認める力を育みます。自分自身の分身のような存在であるアート作品を肯定的に受け入れる体験他者からも存在を丸ごと受け入れられる(承認される)体験は、失いかけた自信を取り戻すための第一歩となります。この安心感の積み重ねが、これからを生きていく土台となります。

(6)対話型のケア

最新のケアの現場では、個別対応から「対話(ダイアログ)」によるコミュニティケアへと注目が移っています。アートセラピーにおける作品を通じた対話は、他者を認め、同時に自分自身を知るプロセスでもあります。自分に注意を向けてもらえる安心感の中で、他者との対話を積み重ねながら回復を目指す「オープン・ダイアログ」の考え方は、現代のメンタルケアにおいて極めて重要な役割を果たします。

アートアズセラピーという考え方

アートセラピーと似た言葉でアートアズセラピー(art as therapy)という言い回しがあります。“アートすること”そのものが“セラピー”であるという考え方です。

一度でも夢中になってアート制作をしたことがある人には分かる感覚ではないでしょうか。アートすることは、私たちの心の支えとなり、何にも変え難い時間を生み出します。

とはいえ“アートすること”のハードルが日常ではなかなか高いもの。

3色パステルアートではそのハードルを下げるために、使うのは3本のパステルだけ、絵のレシピを用いて描く手順も決めることで、誰でも簡単に“アートすること”にチャレンジできる土台づくりを目指しました。

興味を持っていただけた方はぜひ、アートへの第一歩を踏み出してみてください。

この記事を書いた人

浜端望美
・公認心理師(国家資格)
・3色パステルアート®︎主宰

アートセラピー歴15年以上の専門家。
会社員経験を経て現職。2011年より、精神科クリニック・私立高校にてカウンセラーとして勤務する。個人へのカウンセリングの他、集団療法としてアートセラピーを実施。その後、民間企業でのメンタルヘルスの仕事に従事し、企業人へのカウンセリング・アートセラピーの実践とともに、研修講師の経験を積む。

並行して2012年より3色パステルアート®︎の名称で活動を開始。これまでの参加者は2歳〜93歳までと幅広く、延べ6000人以上に指導。現在は3色パステルアートインストラクターの育成も行い、アートセラピーの普及活動に注力している。

アートセラピーの学びと体験の場として、アートセラピーに関する専門書籍の読書会や、対話型アートセラピー(グループセラピー)、対人支援職の現場で活きるアートセラピー研修等を提供。

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